★京大・山中教授の研究過程&science論文★
このページは山中教授が出演したNHK教育TV「サイエンス・ゼロ」(2008年3月1日放送)でのご本人の述懐と報道資料及びWIKIペディアの「iPS細胞」に関する記事、science誌などを参考においらが構成しました。また、文中に掲載した写真は同番組のテレビ画面をおいらが携帯カメラで撮影したものです。)
・さて、’80年代初め頃普通に医学部を出て医師国家試験に合格、臨床の整形外科医として病院に勤務した山中氏でしたが、例えばリウマチの患者に対して当時は単に患者に「痛み止め」を注射&処方するという対症療法しか無く、「リウマチという病気そのものの治療」は出来ないのが現状でした。それでも『患者は「痛みが軽くなった」と感謝してくれるが、本当は病気を治せている訳ではないんだ』という自責の念と臨床医(勿論、医療の現場であり重要な職種ではあるが)としての限界を感じたため、研究医に転進しました。
・とはいえ何から手を付けていいか分からず、『問題はDNAにあるのではないか?』と研究を続けたものの、中々成果が上がらず、何度も臨床医に戻ろうかと悩みましたが、その度に『自分が臨床医として100人や200人の患者を治せても、社会貢献とは思えなかった。1万人単位のオーダーで患者を治す方法を見つけねば医者になった意味がない』と自ら叱咤し、決心を強めていきました。←目の先の成果ではなく目標を大きく持ったのが良かった。ヽ(’’)
・既に世界の医学界では「クローン技術の開発」→「再生医療の可能性」について語られるようになっていました。1981年にはwilladsenがヒツジの受精卵からクローン羊を作っていたからです。山中氏もこの受精卵から採取できるES細胞の持つ「万能性」の鍵はDNAにあると思っていましたが確証は持てませんでした。
・ところが研究を1年後、京都大再生医科学研究所の多田高准教授に出会います。この多田准教授の研究していたのが「体細胞とES細胞の融合」でした。←大体、画期的な発明・発見をする人には「ここぞと言う時に良い出会い」があったりする(^_^)
・多田准教授の研究は次のようなものです。
1.まず、培地の入ったシャーレの中にマウスの体細胞とES細胞を一緒に入れる。この時点では体細胞とES細胞はゴチャゴチャに混ざり合った状態で別々に存在しています。
2.このシャーレに電極を付け、電圧をかけると、体細胞・ES細胞がきれいに列を作ります。
3.更に電流を調節することで、20分後、隣り合った体細胞とES細胞が融合して1つの細胞になりました。
4.この「体細胞とES細胞を融合させた細胞」は、皮膚細胞なら皮膚にしか分裂できない体細胞だったのに、「初期化されて、他の身体の細胞にもなれる万能細胞に戻っている」ことが分かりました。つまり、「ES細胞のDNAの中に、既に分化して、身体の特定の部分にしかなれなくなっている細胞をリセットする『細胞初期化遺伝子』があることが分かった訳です!( ̄□ ̄||
・ところが、ここからが大変なことに(^^;ES細胞が各組織に分化してしまった体細胞を、元の「色々な細胞になれる万能細胞」に初期化(リセット)する遺伝子を持っていることが分かっても、ES細胞には数万の遺伝子がある訳です。その中から、体細胞を万能化する遺伝子を見つけるのは、至難の業でした。ところが、山中教授に再びラッキーな出会いが!!それが、「独立行政法人・理科学研究所ゲノム科学研究センター・林崎良英ポロジェクト・リーダー」です。この林崎氏がやっていたプロジェクトは、染色体のどの部分が心臓の細胞になる「設計図」になっているかなどのゲノム情報を徹底的に調べてコンピューター上でデータベース化する作業を9年間かけてやっていたのです(^_^)←初めてのことを成し遂げるにはこういうラッキーも必要だという見本。
そのデータベースを利用して調べたところ、ES細胞の中で働くゲノム(遺伝子の塩基配列)が、たった3時間で1300個見つかりました。
この1300個のゲノム情報を更に3年間かけて24個にまで絞り込みました。この24個のゲノムをレトロ・ウイルスの遺伝子に組み込んでマウスの皮膚細胞に感染させて、細胞の内部に運ばせる訳ですが、@24個全部皮膚細胞に入れると万能細胞になった。A1個だけだと万能細胞にならなかった。ということが分かりました。この段階では24個の中から2個以上の組み合わせを探さなければならない訳で、数学の順列・組み合わせの問題となります。2個であった場合は24×23×22×。。2=で、電卓では桁不足で計算できない!!( ̄□ ̄||くらい膨大な組み合わせを実験で試してみなくてはならなくなりました。←ここでも山中教授、ややくじけそうになっていたらしい。(^^;
そうすると、今度は山中教授の研究チームに良いアイデアを思いつくメンバーがいました。当時は学生だった、高橋和利氏(現京大再生医科学研究所准教授)です。彼のアイデアは極めて単純なものでした「24個のゲノムのうち1個では万能細胞に初期化できない。ということは、24個のうちから1個だけ抜いたゲノムを皮膚細胞に入れて試してみたらどうだろう?体細胞の初期化に必要なゲノムなら1個欠けても初期化できないはず。これだと24回実験すれば、どのゲノムが本当に必要なのか分かるのでは?」発想の転換というものの大切さが分かりますな〜( ̄_ ̄)こうして、かなり迅速に4個のゲノム「OCT3/4」「SOX2」「KLF4」「C-MYC」がマウスで特定できました。これが2006年8月11日に米科学誌「cell」で発表され、世界中の学者を驚かせました。(^_^)現在、発見者の山中教授の名前を取り「山中因子(Yamanaka factors)」と呼ばれています。
で、補足ですが、実はマウスの皮膚細胞にこれらのゲノムを組み込んだレトロ・ウイルスを感染させても、全部の細胞が感染する訳では無く、当然「リセットされて万能化した細胞」と「万能化しなかった細胞」が交じり合っています。これを「万能化した細胞」だけ分けなければなりません。この実験方法論も山中教授らのチームが確立しました。その方法とは@ES細胞の中でしか遺伝子としての役目を果たさない(遺伝子として発現しない)が、「万能性」とは無関係な「Fbx15」というゲノムに着目A「Fbx15」に、抗生物質「ネオマイシン」に耐性を持たせる遺伝子を組み込むB細胞の培地(細胞を培養する栄養素の入った液)に、毒性のある「G418」(ネオマイシンと良く似た構造の抗生物質・ジェネシティン)を混ぜるC「ネオマイシン耐性遺伝子」となった「Fbx15」が働く(発現する)と「G418」に培地から細胞が接触しても無毒化されるD万能化していない体細胞は「Fbx15」が組み込まれていても、働かない(発現しない)ので「G418」の毒性で死滅してしまうE残った細胞は「Fbx15」が働いた細胞なので、万能細胞である。ということが分かり、また分離もできる訳ですヽ(’’)
こうして、これらのマウスの皮膚細胞から作られた万能細胞を山中教授が「iPS細胞(induced pluripotent stem cell)」(直訳は人工分化万能性細胞)と命名しました。ここまで、研究を始めてから20年の歳月が流れていたのでした(^^;←物事、簡単に諦めてはいけないという教訓かな?
・この、「cell」誌に載った山中教授の論文によって各国(特に米国)の研究者が「iPS細胞」の作製を競うようになりました。(^_^)
1.マウスiPS細胞作製法の改良(2007年2月):「Fbx15」遺伝子が発現するかどうかを指標(目安)としていた山中教授の当初の作製法で作られた「iPS細胞」は細胞の形態、増殖能力、身体の組織細胞に分化する能力についてはES細胞と良く似ていましたが、一部の遺伝子発現とDNAメチル化のパターンはES細胞とは異なっていました。そこで山中教授のチームはES細胞の分化万能性の維持に重要な「Nanog」遺伝子の発現を指標にして「Oct3/4」「Sox2」「Klf4」「c-Myc」の4因子を皮膚細胞に入れて「iPS」細胞を作製したところES細胞とほぼ見分けの付かない万能性を持ったiPS細胞の作製に成功した。
2.同じ頃、マサチューセッツ工科大・ルドルフ・ヤニッシュらのグループやハーバード幹細胞研究所のコンラッド・ホッケリンガーらのグループ、UCLA医科大キャスリン・プラースらのグループも同様の方法で、マウスiPS細胞の樹立に成功。
3.さらなる作製法の改良(2007年8月):マサチューセッツ工科大・ルドルフ・ヤニッシュらのグループが、iPS特定の指標となる遺伝子の発現を使用しなくても、細胞の形態変化の観察だけでiPS細胞を分離できることを発表。
4.(2007年9月)UCLAのミゲル・ハマーリョサントスらのグループらが、ヤニッシュらと同じ細胞の形態変化の観察でiPS細胞になったかを見分ける方法で、更に「c-Myc」(ガン遺伝子という面もあるので問題視されていた)を「n-Myc」遺伝子を使いレンチ・ウイルスを「運び屋」に使ってもiPS細胞が作れることを発表。
いよいよ「ヒトiPS細胞」の作製へ!(^_^)v
5.(2007年11月20日)世界で初めてヒトES細胞の作製法を発見したジェームズ・トムソンらのグループは、山中教授らの方法を用いてヒトES細胞から14遺伝子をリストアップ。この中から「Oct3/4」「Sox2」「Nanog」「Lin28」の4遺伝子を胎児の肺由来繊維芽細胞や新生児の包皮由来繊維芽細胞に組み込むことで、「ヒトiPS細胞」の作製に成功したとscience誌に発表。
6.(2007年11月20日)山中教授らのグループもマウスのiPS細胞作成時に使われた4遺伝子(ヒトと共通の遺伝子であるため)を、39歳の女性の顔の皮膚繊維芽細胞、69歳男性の繊維芽様滑膜細胞、新生児包皮由来繊維芽細胞から、「ヒトiPS細胞」の作製に成功したと、トムソンらと同じ号のscience誌に発表。
7.(2007年12月)山中教授ら、マウスでガン遺伝子である「c-Myc」遺伝子を使わなくても3遺伝子でiPS細胞が作れることを発表。ヤニッシュらのグループも同じ実験に成功。但し、作製の効率は1/100に低下。
8.(2007年12月)ハーバード幹細胞研究所のジョージ・デイリーらのグループが山中教授らの4遺伝子に加え、「hTERT」「SV40・lsrge T」の6遺伝子で「ヒトiPS細胞」を作製したと発表。トムソンらや山中教授らは「実験用に販売されているヒトの皮膚細胞を培養した細胞」を使っているのに対して、「成人男性の手のひらから直接採取した皮膚細胞」を使っている点で「再生医療の実現」に一歩近づいたと言えます。
9.(2007年12月)ボストン・ホワイトヘッド研究所ジェイコブ・ハンナらは、「赤血球の異常による貧血」の治療のマウス実験に、マウスで作製したiPS細胞に正常な赤血球を作るゲノムを組入れ培養→マウスに注射したら治療できたことを報告。
10.(2007年12月)MITのヤニッシュら、「ヒトの鎌状赤血球貧血症遺伝子(異常な赤血球を作ってしまう遺伝子)」を組み込んだマウスの尻尾からiPS細胞を作製→この遺伝子異常を遺伝子組み換えによって正常型に変える→造血幹細胞(血液の成分を作る細胞)に分化させる→放射線を照射して、異常な赤血球を作るこのマウスの造血幹細胞を壊す→マウスに先ほどの正常化させたiPS細胞を移植してマウスを回復させ、拒絶反応も起らなかった、と発表。
11.また、カリフォルニア・スクリプス研究所のシェンディング博士は、山中教授らの研究を参考にまったく違ったアプローチをしています。彼らの方法は体細胞の外から4つのゲノムを入れるのでは無く、体細胞に化学物質を入れて『体細胞の初期化』ができないか?を研究中で、ある化学物質(秘密らしい)を入れると、山中教授らの4つのゲノムを2つに減らしても、iPS細胞になることを突き止めました。現在は、数10万種類の化学物質を絞り込む作業を続けています。(^v^)
このように、今までのヒトの受精卵を使うというES細胞による再生医療&クローンの研究は人間に成長する可能性のある卵子を使うという点で特にキリスト教徒からの強い批判もあった訳ですが、このiPS細胞の開発によってローマ法王庁も「難病治療に繋がる技術を、受精卵を破壊する過程経ずに行えることになったことを賞賛する」との発表をし、またキリスト教的倫理観からES細胞を使った再生医療の研究に批判的で、「臓器移植推進派」だったジョージ・ブッシュ米大統領も「これで、倫理的問題は無くなった」と絶賛しています。(^_^)
しかし、現実にはまだ細胞レベルの基礎研究であり、高度な機能を持った組織や臓器を作れる段階ではありません。ただ、今までは「他人が死ぬのを待って、拒絶反応があるかも知れない、その臓器を移植するしか無かった病気に関して、米国ではあまり抵抗感が無いようですが、おいらの日本人的感覚では「自分が生きるために、他人の死を待たねばならないのか?」という抵抗感が臓器移植にはありましたが(無論患者・ドナー共に葛藤はあると思うが)、少なくとも将来的には「患者自身の皮膚細胞から駄目になった組織や内臓を作ることができるかも知れない」という希望が生まれたという点で画期的な発明だと思います。ヽ(’’)
・メリット:1.心臓や脳は生きている患者の細胞(心筋幹細胞・神経幹細胞)を取り出して、患者の遺伝子のどこに問題があって病気が起きたのか調べられなかったが、皮膚細胞からiPS細胞を作り心筋や神経に分化させてみれば、この問題点が調べられる。
2.患者のDNAにあった薬を選べる。
3.「特定の患者にある薬がどういう副作用が出るか」(患者と薬との相性)を人体実験をしなくても予測できる。
・デメリット1.ガン遺伝子である「c-Myc」遺伝子を使っているため、20%という高い確率でガンが発生する可能性があること。→その後「c-Myc」ゲノムを使わなくても3つの遺伝子でもiPS細胞を作れるようにできたが、効率は1/100に落ちる(その後1/25まで向上した)こと。
3.ガン遺伝子を使わないようにしても、山中教授の「ウイルスに組み込んで体細胞の核に「初期化遺伝子」を運ぶという方法だと、ウイルスの中に組み込まれた「初期化遺伝子」が、体細胞のどの部分の染色体に組み込まれるか予測できないため、いずれにせよ組み込まれた皮膚細胞がガン化する可能性は否定できないこと。
4.そうした意味では、シェンディング博士の「化学物質を使った方法」の方が安全ではないか?→この分野では米国の方が研究が進んでいる。
5.現在のところ、iPS細胞も含めた「万能細胞」自体が神経細胞や筋細胞にはなりやすいが、肝細胞のような複雑な組織にはなりづらい。
6.皮膚から精子&卵子が作れてしまうので、ES細胞より簡単にクローン人間が作れてしまうかも?という倫理上の問題点は無くなっていないこと。
7.現在、日米で激しい研究競争が続いているが、この技術によって「再生医療技術の確立」が出来たほうが特許を取れる→特許を取れなかった国の再生医療費が高くなる。という問題点も。(以前、日本はゲノム研究情報を「人類共通の財産」として無料公開していたら、米国のillumina社にその情報をまるまる特許を取られてしまったという苦い経験がある)
などが挙げられていますヽ(’’)ところで、従来「研究室」というものは閉鎖的で他の研究をしている研究室とは壁で隔てられており、同じ大学でも他の研究室でどんな方法で研究をしているか、分からない状態でした。このやり方では研究のスピードが遅く、とても米国には(予算面も含めて)勝てません!で、山中教授は自身も研究スペースを持っているカリフォルニア・グラッドストーン心臓疾患研究所のやり方を参考にしました。同研究所は各研究室・チームごとに壁で隔てておらず、大きなワンフロアにそれぞれの研究チームのブース(というより実験器具を置く机と棚がいくつも本棚のように並んでいるだけ)があり、ある分野の研究に行き詰った研究者が声を上げると、他の研究者もアイデアを出すのに協力してくれる体制になっていて、研究成果をだすスピードが格段に早いのです。(日本で半年かかる研究が1週間でできるくらい)今後、この分野で日本がリードしていくためには研究の成果を出すスピードを早める必要があります。(現在、こうした再生医療や脳研究では日本の研究者はアメリカの数10分の1程度の予算で同じくらいの成果を挙げており、レベル的にも今がピークではないかと言われている)そこで、文部科学省に対して山中教授は「日本の有能な研究者を一箇所に集めて合宿状態にしたい」と要望し、2008年1月、京大に「iPS細胞研究センター・チームジャパン」が山中教授をセンター長にして誕生しました。(^v^)v今後の研究成果が楽しみであります。